「させられる」VS「させてもらう」――強制與感恩的差別

「させられる」VS「させてもらう」――強制與感恩的差別

最近跟學生帶到TRY N3第二課的這2個相近文法,感覺也蠻適來拿來寫文詳解的!

⒈「させられる」=使役受身💔

活用變化之前有寫過,就不重覆了:

簡單來說,「させられる(使役受身)」就是用來形容很不情願做某件事:

  • 「毎日2時間ほどピアノを練習していた」
  • 「毎日2時間ほどピアノを練習させられていた」

你知道兩者差別嗎?

假若只用普通的「していた」,那就只有陳述事件,不具任何情緒;而使用使役受身「させられている」,則流露出滿滿的不爽

要注意:「させられる」主語是自己

相信很多人會弄混,當隱藏主語時做動作的是自己,有主語就是主語在做喔:

  • 妹は(母に)毎日2時間ほどピアノを練習させられている(我妹妹每天被逼著練2小時琴)

⒉「させてもらう」=感恩🥰

簡單來說,「させてもらう(使役+てもらう)」就是說話者帶著感恩的心情說著被允許做某事:

  • 「やっとピアノを習った」
  • ピアノを習わせてもらった」

你知道兩者差別嗎?

同上方「させられる」用法,「習った」單純不帶感情陳述了事件,「習わせてもらった」則暗示感謝某人讓自己有學習的機會。

同樣,「させてもらう」主語亦是自己

與「させられる」不同的事,「させてもらう」一般表示自己的感恩,所以主語大都是自己:

  • (私は)やっと親にピアノを習わせてもらった=やっと親(私に)ピアノを習わせてくれた
    (終於家人讓我學鋼琴了)

如上述,這句式還有「させてくれる」的說法,這時主語會變成允許的那方。

結語

這是N3程度的小文法,但非常實用。想表達被逼、不情願時用使役受身「させられる」,想表達感激時用「させてもらう」,同一件事,因應心態可以有不同說法喔!


「受身・使役」延伸閱讀:

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